これを読めばウェストブルックを応援したくなる。親友の死を乗り越えて目指したNBAの世界。

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Russell Westbrook (ラッセル ウェストブルック)

1988年11月12日生まれのカリフォルニア州ロングビーチ出身の彼は、191㎝とNBA選手では小柄な方だが、2016-17シーズンでNBA史上初となる『NBA Awards』の MVPを見事受賞し、現在でも所属する オクラハマシティサンダーを代表するエースです。

あまり知られていませんが、彼がNBA選手になろうと本気で目指すきっかけになったのは、親友の死があったからです。

高校時代のバスケのチームメイトに、ケルシーバーズという選手がいました。バーズは当時まだ180cmにも満たなかったウェストブルックよりも20cm以上身長が高く、高校卒業が近づくにつれ多くの大学からオファーが来るほどの選手でしたが、一方のウェストブルックは控え選手として定着していたほど二人には実力差がありました。

2人は、大学でも一緒にプレイをしようと約束するほど仲が良かったのですが、高校3年のある日、バーズはバスケをプレーしていた最中に心臓発作でこの世を去る事になってしまったのです。

亡くなった当日のゲームには、ウェストブルックは用事で参加しておらず、後日ゲームをする約束をしていました。彼は、なぜバーズが亡くなったその日のゲームに参加出来なかったのかと心底嘆いていたそうです。

後日、ゲームの約束をしていた日にバーズの葬儀が行われ、ウェストブルックは人生というものがいかに儚くあっさりと終わってしまうものなのか、そしてこのあっという間の人生において手を抜いている時間などないと悟り、更に亡くなったバーズの分まで全力でプレイする事を強く誓ったそうです。この出来事がウェストブルックのNBA選手を目指すきっかけとなりました。

それからウェストブルックは、「絶対に世界一のPGになる」と決意し、それから死に物狂いの努力を重ね、メキメキと実力をつけていきました。高校の最終学年には、レジーミラーやジャバーを始め、数々の名選手を輩出して来た名門UCLAから奨学金のオファーを受けるほどの選手になりました。

そしてこれもまた運命なのか、実はUCLAが元々目をつけていた選手はウェストブルックではなく、バーズの方だったという事実があったのです。このオファーは、ウェストブルックが必死の努力の末、バーズに追いつき追い越した事を象徴するような出来事であったかもしれません。

ウェストブルックは、常にコートに立っている間は闘争心むき出しで、全力でコートを駆け巡っているのが印象的ですが、彼にとってコートに立てる時間というのは本当に貴重で大切な瞬間なんでしょうね。

彼が試合でいつも付けているラバーバンドには「KB3」「Why Not?」の文字が刻まれています。

KB3はバーズのイニシャルと背番号、Why Not?は「なぜそうしない?」「当然だ」といった意味があるので、憶測ですが「なぜベストを尽くそうとしない?するのが当然だろ」的なニュアンスがあるのかなと思います。

ウェストブルックは名言をいくつも残していますが、その中でも特に印象的だったののが、こちらの名言。

Everyday when I get on the floor I give it all…because you never know what tomorrow holds.

コートに出たら自分のすべてを捧げる。明日何が起こるかわからないからね。

この名言はかつての親友を思い、発した言葉なのかなーと私は感じました。

彼の、「後悔しないために、諦めない、努力を惜しまない」精神は心底尊敬します。

今後も、今まで通り初心を忘れずにプレーに励んでいってほしいです!!

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